*** 2012年2月3日 筑波山 ***

写真や下の文字をマウスでクリックすると大きく表示します。

1.大山さん/小林君 2.大ガマガエル像 3.霞ヶ浦遠望
(おたつ石コース)
4.登山道の残雪 5.アカガシ
(弁慶茶屋跡)
6.杉の大木1
(弁慶茶屋跡)
7.杉の大木2
(弁慶茶屋跡)
8.弁慶七戻1
9.弁慶七戻2 10.弁慶七戻3 11.小林君&大山さん
(高天原)
12.母の胎内くぐり1 13.母の胎内くぐり2 14.背面大黒岩 15.岩だらけの急登
(小林君)
16.大仏岩手前
休憩所
17.大仏岩 18.最後の急登
(小林君)
19.女体山頂手前 20.大山さん&
小林君
(女体山頂)
21.東京スカイツリー
遠望(女体山頂)
22.男体山
(女体山頂)
23.小林君と
(女体山頂)
24.男体山への尾根道
25.男体山への急登 26.男体山頂直下 27.大山さん
(男体山頂)
28.富士山遠望
(男体山)
29.ケーブル
筑波山頂駅
30.ブナの林 31.女体山への
尾根道
32.夕暮れ
(つつじヶ丘駅手前)

 2012年明け、大山さん/小林君から嬉しい年賀状が届く。即ち、大山さん(2010年秋の道東旅行に同行)からは登山のお誘いが、小林君(2009年夏ヨーロッパ出張時に同行)は、何と室蘭工大大学院から筑波大大学院への転学である。思えば、昨年末に法政大に授業で出かてた際に、屋外の喫煙所にて室蘭工大のD先生に、偶然お会いしたばかりで、未だに室蘭とご縁があることを実感したところである。D先生は、退官直前に科研費が採択されたことで、特任教授として3年間残留されることになり、当日法政大で行われる学会で発表のため、来京されたとか。D先生ご自身も、私が室蘭工大退任後、法政で講義を担当していることは御存じなかったし、何れにしても、多くの偶然が重なって、今回の再会となったわけである。小林君とて、室蘭工大大学院での研究に甘んじることなく、更に高度な研究を目指した結果、新たなチャンスが巡ってきたと言える。これは、正に彼の努力の賜物である。そこで、2月3日(金)節分の日に、小林君の合格祝いを兼ねて、3人で筑波山に挑戦することにする。ところで、筑波山は"女体山"(標高877m)と"男体山"(標高871m)の双耳峰からなり、日本百名山中一番の低山であるが、指折り数えてみると、私にとって丁度10名山目となる記念すべき登山となる。
 8:05、自宅横浜を後にし、一路筑波山に向かう。距離にして約110km、横浜新道/首都高速の渋滞を考慮すると、約3時間というところか。NAVIに従って首都高速を進むと、懐かしい1号銀座線を通過する。若かりし頃、板橋へと何度も通った思いで多きルートであるが、40年近く経った今でも、雰囲気は殆ど変っていない。箱崎ジャンクションを過ぎ、6号三郷線を隅田川に沿って北上すると、右手に"東京スカイツリー"が現れる。何とも目立つ存在であるが、これが筑波山から望めるか、楽しみである。10:20、予定よりも40分も早く、筑波大近くの待ち合わせ場所に辿り着く。程なくお二人も到着し、全員集合と相成る。ここから、2台の車に分乗して、登山口となる"つつじヶ丘"(標高520m)に向かう。
 11:40、つつじヶ丘登山口を出発する。ここには、ロープウエイの駅があるが、現在ロープの張替で休止中のため、閑散としている。この登山口から、中間点の"弁慶茶屋跡"まで、通称"おたつ石コース"を進むが、最初の階段がきつく、中々思うように足が運べない。何とかこの急階段を登りきると、遥か東南に"霞ヶ浦"が青色に輝いている。ここから、なだらかな坂道を数分進むと、積雪が見られるようになる。ただ、その先は雪が切れており、アイゼン装着は未だ早そうである。
12:34、"弁慶茶屋跡"に到着する。ここには、昨年秋の台風15号で倒壊した大杉の切り株があり、木の中心から1/3位の所に、"1700年赤穂義士討ち入り"と、符箋が張ってある。詳細は省略するが、簡単な一次方程式から、この木の樹齢は467年と算出される。なお、赤穂義士云々につては、酒井家とも因縁があり、明日の浅野家の菩提寺"伝正寺"を訪問した際に、名乗らざるを得なくなるので、改めてそこで詳述したい。
 12:43、重い腰を上げ、一路女体山頂を目指す。途中には、次から次へと巨大な花崗岩が現れ、夫々の姿に似せた面白い名前が付けられている。中でも、"弁慶の七戻り"は、その代表格であろう。即ち、巨大な2個の岩隗の間に楔状の花崗岩が挟まっており、これが今にも崩れ落ちそうで、弁慶でさえ、その下を潜り抜けるのに、七度も躊躇したという意味合いであろう。最後の"大仏岩"を過ぎた辺りで、すれ違った方から、この先はアイゼンがないと危険と聞き、早速軽アイゼンを装着する。大山さんは、初めてのせいか少々もたついているが、それもその筈一番立派な6本爪アイゼンである。その後は、アイゼンは確実に凍結路を捉え、急にピッチが上がる。
 13:45、筑波山神社本殿の傍を通り抜け、無事女体山頂に到達する。ここは、日当たりが良いせいか、巨大な花崗岩の上には積雪は見られず、アイゼンが却って邪魔になる。遥か遠くには、午前中に見かけた"東京スカイツリーが"、霞んで見える。ここでは、登山者がマナー良く、順番に絶景を楽しんでいる。高所恐怖症の小林君は、立っていられないのか、しゃがんで岩の上を移動している。ふと、眼を下にやると、"飲食禁止"の看板があるにも拘らず、中高年夫婦が堂々と食事をしている。注意をしようかとも思ったが、神様の前で騒動になっては申し訳ないので、敢えて控える。最近、どこに行っても、中高年の傍若無人ぶりが目立つが、これでは若者に示しが付かない。"日本人の誇り"の著者である藤原正彦先生も、これを見たら、嘆かれるであろう。我々は、山頂で記念撮影後、祠の下にあるベンチで、遅い昼食を取る。本日は節分、大山さんの発案で買った"恵方巻"を、北の方角に向かって、願い事を念じながら黙々と頬張る。ここから鞍部の"御幸ヶ原"を通って男体山に向かう。途中女体山で見かけた老夫婦とすれ違うが、何とアイゼンなしに、杖一本で雪道を歩かれている。何事もないことを祈るばかりである。
 15:00、男体山頂に到着する。こちらにも、女体山同様、筑波山神社本殿があり、信仰の山であることを実感する。暫くすると、先程の御夫婦が登ってこられる。何とも慎重かつタフな方々である。その内、どちらからともなく"あっ!富士山"と歓声が発せられる。成程眼を凝らすと、遥かに西の空に、富士山らしき雪山が霞んで見える。どうやら、私より視力も上のようである。15:20、富士山を超望遠で撮影したのち、"御幸ヶ原"に向けて下山する。雪原に食い込むアイゼンが何とも心地良い。鞍部まで降りてきたところ、ケーブル駅から出てきた客が、登り始めたところで転倒している。ふと、先程の御夫婦が無事降りて来られたか心配になったが、小林君が下りのケーブルカー内に御二人の姿を発見し、二人で安堵する。
 15:58、女体山からつつじヶ丘登山口に向けて下山する。やはり、下りの際はアイゼンの有難さを実感する。だが、山頂から20分程下ったところで、小林君が岩の上でスリップし、腰から転倒する。だが、男体山の神様の御加護か、大事に至らなかったのは何よりである。そうこうする内に、スポーツシューズで登ってきた家族連れとすれ違う。この先は、路面が凍結しており危険だと諭したが、それに構わずどんどん登って行く。何事も無いことを願うばかりである。
 16:40、中間点の弁慶茶屋跡まで下ってきたところ、今度は軽装の二人連れの若者が登ってくる。何でも、これから山頂を目指したいとか。余りにも無謀なので、3人で交互に、日没が迫っており、登るにはヘッドランプとアイゼンが無いと危険と言ったところ、しぶしぶ納得し、元来た道を引き返して行く。
 17:12、夕闇迫る中、登山口のつつじヶ丘に到着する。茜色の空に、富士山がうっすらと姿を現している。ふと、つつじヶ丘の急階段を見上げると、先程の親子が下山してくる。無事戻れて何よりである。ここから、本日の宿"一望"へと急ぐ。

総歩数:10500歩
登りの厳しさ:▲▲(最初のつつじヶ丘階段),▲(それ以外:おたつ石コース~女体山~男体山) 

戻る